設立後4年間は工場で風呂なし生活

——特殊メイクアーティストとして成功されるまで、どのようなご苦労がありましたか?


JIRO氏:代々木アニメーション学院を卒業すると同時に会社を立ち上げちゃったわけですよ。ある美容室のオーナーさんとあるヘアーショーで出会ったことがきっかけだったんですけど、既存の会社に行こうと決めきれていなかったんで、自分で立ち上げるっていうのは僕にとってすごいフィットする考え方だと思って。すぐに「僕やりたいです!」と言って立ち上げたのが今の会社なんです。

ただ社会経験が1つもない中でいきなりその会社を立ち上げることになった訳で、どこに場所借りていいかもわからなくて、自分の中では作業がどんどん増えて、材料もあるし、社員も増えるし、みたいな勝手なイメージで100平米位の場所を借りたわけですよ、いきなり。で、家賃が150,000円だったんですよ。150,000円で100平米っていったらどんな所かって言うと、ほんとに壁は波板で、上からも直射日光がガンガン差し込んで、夏なんて外より暑いんじゃないか?と言う所でした。しかも営業方法も知らない、ホームページもない、一応電話線は引いたものの、待てど暮らせど仕事の電話なんかないわけじゃないですか。だから家賃が払えないので、その工場の一角にベニヤ板を敷いて、結局4年間そこに住んでいたんですね。お風呂もないんですよ。トイレはあったんですけど。冷暖房もなくて、水だけ出る蛇口が1つあったんで、風呂はその流しで体を拭いてとかっていう生活をしてました。

だからもうホント無給で家賃を払うためだけに仕事して、そのうちだんだん物の価値もわかってきましたね。僕がこんだけの仕事をして、こんだけのお金をもらわないと家賃と自分の給料がもらえないんだっていうのは1年目は気付けなかった位ですからね。2年目に何か気づき始めた位の感覚で(笑)。経営者としてはゆーっくり階段を上っていったようなイメージです。

——それでも、この道を諦めなかったのは、なぜでしょうか? 

JIRO氏:僕が会社を立ち上げた時、その美容室のオーナーは美容室の仕事があるんで、僕の特殊メイクの会社には一切ノータッチ。でもヘアーショーなんかの仕事はオーナーが優先的に回してくれました。だから一応継続的に何かやる事は常にありました。仕事もないしやることもないっていう状態だと辛かったと思うんですけど、お金は稼げないですけどやることはあったんですよ。それがまず1つ良かった。で、そのうち例えば自主制作映画の依頼など、どこも断るような安い仕事が来たりするわけですよ。そこで「金額に合わせたものを作る」っていうことをしなかったことが、もう1つの良かったことですね。

もらった仕事をその価格に合わせてやるのではなく、5万円の依頼でも、10万円、20万円、30万円の価値があると感じてもらえるように仕事しました。僕らの精一杯を作って、それをちゃんと武器に変えていく、種まきの時期だと思っていたんで。ほんと365日毎日のように製作していました。さらに僕の代々木アニメーション学院の同級生である、今も僕の右腕でやってくれている小松というのがいるんですけど、その小松がいてくれたのもすごく大きくて。彼も無給で。彼、特殊メイクの道に入る前は自衛隊だったんですよね。で、自衛隊の時に貯めてたお金を切り崩しながら、一緒にその会社を手伝ってくれていたんですよ。で、彼がたまに「このままじゃダメじゃないか」と、「もう続けていけないよ」みたいなことを言うんですが、僕はそこに反発をして、「いやいや」と。「今種をまいているんだから」と。「来年はこれが少し育つだろう」と。「再来年はもっとたぶん育っていずれ花が咲く」ということを力説しながら、二人でやっていきました。

あとは僕元々そういう切り替え思考が得意なんだと思うんですけど、ストイックな生活をしているっていうことをかっこいいと思えるんですよね。恋愛していても、ふられた瞬間超かっこいいなと思えるんですよ(笑)。ふられた後に、街角を軽く小雨が降って街灯が滲んでみたいな所を歩いているこの瞬間が1番かっこいいんじゃないかなみたいな。なんかそういうふうにポジティブに置き換えることで、マイナスな要素っていうものを自分の中で消化していけたみたいなのは、ひょっとしたら特殊能力かもしれないです(笑)。

どんなに安い仕事でも精一杯の力で仕事をしていた

——特殊メイクアーティストとして活躍できたのはなぜだと思いますか?
 

JIRO氏:難しいですけどね。やっぱり僕がなれたのは、基本的に100を求められて発注されたものを、なるべくそれ以上で打ち返すっていうことですね。予算のない仕事とかでも、結局自分たちの作ったものが人に見せる営業ツールであり武器になるわけだから、手を抜かなかったって言うところが大きいと思います。

その当時、特殊メイクってそんなに稼げる仕事じゃなかったんですよ。なんとなく特殊メイクは「こういうものを、これぐらいの金額で作る」みたい基準値があるんですが、僕はその基準値みたいなものよりも全然低い仕事が入ってきても、精一杯の力で打ち返していました。するとある時同級生とか先輩とかに言われたんですよ。「特殊メイクの価値を下げないでほしい」と。ただ僕は特殊メイクを安売りしているわけではなく、その安い仕事に対してすごいクオリティーの良いものを収めているんだから、僕は価値を下げてないっていう感覚だったわけですよ。

その当時のレベルは今よりも低いんですけど、人にそう言われても一切めげなかったというか。
僕はもうどこも断った仕事でも、僕のところには来たのであれば、そこに対して精一杯で良いものを作って返そうっていう思いがその時すごい強くって。だからそういう気持ちで仕事ができる・できないというのは、独立も含めて、自立した特殊メイクアーティストになっていくっていう事に、すごく重要だったんじゃないかなと思います。

——特殊メイクアーティストは、誰に向けたお仕事なのでしょうか?
 

JIRO氏:特殊メイクは、基本的には、映画などの中でその役者さんが表現できないキャラクターを、僕らが特殊なメイクをすることで、その演技ができるようになるっていう技術ですね。だからその映画で演じる俳優さんとか、それを作っている監督さんとかに向けた仕事です。そしてさらにその先の映画を見てくれる人たちに届けるために、僕らはリアルなものを、ホラー映画だったらより怖いものを作り出しています。

ただ、それはあくまでも一般論です。僕は何でも作れるようになりたいからこの道を選んだんですね。本当は分野・カテゴリーみたいなものは一切なくて、
特殊なものを何でも作れる人間が特殊メイクアーティストなんです。求められれば、どんなオファーであっても作りたいと思うし、逆に求められなくてもこんなものができるんだっていうのを常に発信していかなきゃいけないし、そうしていきたいし。特殊メイクには新しいものを生み出せるっていう未来があるんで、どんなものでも全て作り出していくのが、僕の中での特殊メイク・特殊造形の仕事だと思っています。

天使のように大胆な表現力と、悪魔のように繊細な技術力

——特殊メイクアーティストになるためには、どうすればいいですか?

JIRO氏:特殊メイクに必要なのは、自由な表現力と、ほんとに細部まで作り込む技術力だと思うんですよ。これを僕はね、「天使のように大胆な表現力と、悪魔のように繊細な技術力」って言ってるんですけど。要は、見ている人がそれをどう受け止めるかとかっていうことが、ちゃんと想像できる人間がすごく向いていると思っています。表現は悪魔のように繊細にだから、ほんとに「こんな細かいとこまで?」という部分までネチネチやる作業っていうのが特殊メイクは非常に重要なんですけど、その2つを併せ持たないと、特殊メイクとしては一人前になれないと思うんですよね。

だからそういう意味で言うと、
自由な表現と、コミニケーションがちゃんと取れる人でないと、それこそ客観性を持てなかったりするし、そこの両方を同時に育ててあげられれば、発想力豊かな子に育つんじゃないかなと思います。全てのことは自由な表現につながると思うんで、その子のやりたい、観たいというものをなるべくやらせてあげることが、たぶん結果的には色々な表現ができる人間に育つんじゃないかなと思っています。技術に関しては、まぁ僕の場合褒められて育つタイプなんで、もう基本的にやっぱりできないことができた時には、しっかり褒めてあげることがすごい重要かなと思います。その経験って多分ずっと大人になっても残っていくし、常に自分の中で挑戦してブラッシュアップしていくっていう習慣が小さい頃から身に付くと、一生追求していけるのかなって思います。

あと、自分で経験していないことを、誰かが言ったことを聞いたことだけで納得してチョイスしてしまうのはすごくナンセンスだなと思っています。
僕は何でも一旦は自分でやってみて、「なるほどこういうことか」「逆にうまく使えばこういう表現には使えんじゃね?」というふうに、自分の中で新しい技術として見出したりしています。だからそういうチャンスを逃してしまうのは、すごくもったいないなと思うんですよね。表現の世界には正解はないので、「こっちがいいじゃん」ていうのは、その先生の思いとか、みんなそうしてきたからそうする、みたいなものしかないんです。それだと何も変えていけないし、自分の表現が生まれないと思うので、僕は生徒にも「やってみたらいいじゃん」って言っています。たまたま僕が予備校で美大目指してた時の先生がそういうスタンスで教えてくれる方がいて、僕はすごく助かったんですよ。「失敗したら失敗しただけ」っていう。ただそういうふうに言うと、「教え方がいい加減だ」「ちゃんと教えてくれない」って言う生徒達ももちろんいます。でもそれはちょっともったいないなと思いますね。

会社を一緒に立ち上げた美容室のオーナーが教えてくれた言葉に、「常識は18歳までに培われた偏見のコレクションである」っていうアインシュタインの言葉があります。僕は常識を知った上で、あえて違うことをやっていく。そこで知ったことをまたその常識と結びつけて新しいものを生み出すとか、そういう感覚がすごく好きだし、そこで自分が成長してこれたなっていうのがあるので、今の若い人達も、ただただ教えられたことをだけをやるのではなく、自分の中で色々なトライをして、新しいものを生み出していって欲しいっていうのがあります。

 

僕がスクールで1番最初に教えるのが、デッサンなんですよね。自由な発想ってさっき言ったけど、じゃあ自由な絵を書けば特殊メイクになれるのかっていうとそうではなくて、やっぱり観察をして、自分の中でちゃんと理解して、それを書き写す。その訓練っていうのがすごく重要で。これは表現と技術のちょうど中間にあることで、ものすごく重要なんです。目をつぶってリアルな猫を想像しろって言われたらみんな想像できるイマジネーションを持っているわけですよ。想像できるじゃないですか、可愛い猫を。だけど頭では思い描けてるのに、鉛筆を持って描けるかっていったら描けないんですよ。だからそこは訓練だと思います。実物を観察して目に入ってきた情報を描くっていう訓練ができてなかったら、想像したものを描くなんて、絶対できないので。そこに関しては、特殊メイクのアーティストにとってはすごく重要なことだと思います。それも、色々なものを観察する、特殊メイクだから骸骨とかばっかり描いていてもしょうがないんですよ(笑)。色んな動物見たり、植物見たり、色んなものの形を理解して、「あ、こういう形になっているんだ」っていうことを理解していくことが、複合されて色々な自分の自由な発想を具現化するための武器になっていくということです。「絵なんて才能でしょ」って言われるんですよ。僕は小さいころから絵が上手かったんで「努力だよ」って言い切れないんですけど(笑)。ただ僕が教えていて、最初は全然上手くない子が、すごく上手くなっていったのを何度も見ているんで。そこに関しては絶対に努力でカバーできる。才能超えるっていうものではあると思います。

——まだ「なりたいもの」が決まっていない子供に対して、アドバイスをください。

JIRO氏:進路適性検査を受けてみるべきじゃないかな(笑)。まぁそれは冗談として、すごく難しいんですけど、ジャンル分け、カテゴライズされているっていうものから選ぶというのが僕は正直ナンセンスだと思っているんですよ。何をやりたいかで決めるべきであって、何になりたいかで決めちゃいけないのかなって思います。だから自分が好きなもの、やりたいこと、これなら努力できる、これなら上手くなれるみたいなものが、そこにジャンルがなければ、自分で作れば良いと思います。

既存の会社や職業が、現在やっていないことでも、自分がそこに入ることで変えられる未来っていうものは創造できるし、変えていかないと面白くないじゃないですか、正直。だから、まずは自分が何をやりたいか、何が得意かとか、何が好きかを追求して、その先に仮にそのカテゴライズされたその職業があるんだったら一旦選んで、その中でも自分が思うように変えていけばいいと思うし、逆にカテゴライズされた職業に自分のやりたいことがなければ、自分自身で作ればいいと思います。

要は自由(笑)

——ハロウィーンを控えていますが、ご家庭でもできる特殊メイクを教えてください。

JIRO氏:そもそも特殊メイクって、もう亡くなられちゃったんですけど、ディック・スミスっていう方が、映像の中で特殊なキャラクターを生み出そうとして考えたものなんですよ。今じゃ不衛生だからやっちゃいけないですけど、当時は生肉を顔に貼ったりとか、卵の殻の内側の薄皮を丸く切ってコンタクトレンズ代わりにはめたりとか、そういうところからスタートしました。だから家庭にある身近な物で色々試してみればいいと思います。

ケチャップでもいいし、ティッシュをつけまつげ用のノリでグジュグジュにしたものを貼り付けてみるとか。大事なのは、さっき言ったように、色々なものを日頃観察しておくことですよね。自分が色々観察して持っている情報があるのであれば、材料が何であれ最終的に目に見えてくるものをリアルにしていく手段はたくさんあると思うんですよ。
逆に言うとそこで家庭にある物の方が、プロの特殊メイク素材にはない可能性もあるので、そう言う発見は大事じゃないですか。実際そういうものを使ったほうがリアルに見えるっていうこともあるんです。

例えば僕らは粘土彫刻やる時に、犬用のブラシを切ったりして細かいシワや角質の流れを作ったりします。細かい毛穴とかだったら、防音用のクッション材を切って押し付けて毛穴を作ったりとか。それってもともとは特殊メイク用に生み出されたものでは決してないですが、誰かが経験してその方法を生み出してきている。だからさっき言った、常識にとらわれて教えられたことをやっていたら生み出せないものだったと思うので、専門的な知識がなくても自分なりの手法で生み出すということをトライすることが、最終的に専門的な技術とかを学んだ時にもすごく生きてくると思います。要は自由です(笑)。

——現在はどのような活動をされているのでしょうか?

JIRO氏:6年前位から始めた特殊な材料を使わず、ペイントとかメイクだけで変わったものが生み出せるというアーティスト活動ですかね。誰もやっていないメイク、誰もやってない表現というのを常に生み出していこうと思ってやっています。さらに特殊メイクとかビューティーメイクとかカテゴライズせずに、メイク全般に関わる人たちに特殊メイクに限定せず広く伝えていけるような事は今後していきたいと思います。

あとはアナログを追求していきたい。今僕らはこの時代にアナログとデジタルの両方を手にできてるっていうのは、すごくメリットのあることだと思っていて。アナログしか知らないから、デジタルにドンドン食われていくみたいな悲観的な見方をしちゃうと、多分この先全然未来が明るくないというか楽しくないじゃないですか。その先にデジタルの世界があるんですけど、そことアナログをうまくミックスして、今しか生み出せないものっていうのが絶対あると思うので、今後どんどんそういう新しい物を生み出していきたいと思っています。

だから、要は、何でもやろうと思っています(笑)。自分がその表現できて、そこに持てる技術を全て費やせるのであれば、ジャンル関係なく色々なことに挑戦してやっていこうと思っています。

プロフィール

東京藝術大学卒業後、特殊メイクの道に入り、有限会社自由廊を設立。現在では特殊メイク・造形製作にとどまらず、映画、ドラマ、CM など映像業界をはじめ、広告、イベント、ファッションなど、ジャンルを超えて多方面で活躍中。独自の哲学に基づいた豊かな表現力、確固たる技術力から、改革者として注目を浴び、国内外で評価を得ている。TV東京系「TVチャンピオン」特殊メイク王選手権で2連覇を達成後、認定チャンピオンとなる。 世界70カ国で読まれている『Make-up Artist Magazine』にて「世界の注目アーティスト10人」に選出。2015年、TBS系「マツコの知らない世界」に出演。2016年にはTEDにて講演を行う。 近年では、デザインや監修を務め、プロジェクト全体を指揮するクリエイティブディレクターとしても力を発揮している。

<この1年間の活動事例>
山下智久 MV「Nights Cold」アンドロイド製作
米津玄師 MV「カムパネルラ」ボディペイント
OZworld MV 「AKIRAメナイ」スペシャルメイクアップ
yukaDD MV 「Bubble Up」メイクアップ
GLIM SPANKY MV「東京は燃えてる」フェイスペイント
ロシア雑誌「KIMONO magazine」カヴァー 作品掲載
マイアミ展示会「Art Wyn wood」Jonas Lericheとのコラボ作品展示
「PASHA STYLE Vol.5」作品掲載
L.A イベント 「INTER NATIONAL MAKEUP TRADE SHOW」ゲストデモンストレーター
台湾メディア「自由時報」作品紹介
Instagram公式にて作品&インタビュー掲載
NHK「クイズ!ニアニア!」出演
TBS「もしもAI動画大賞」出演
テレビ東京「内村のツボる動画大賞」出演

特殊メイク・造形工房『自由廊』https://jiyuro.net/

公式Twitter

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